久留米大学医学部 放射線医学教室

経皮的椎体形成術

椎体(背骨)骨折の治療:経皮的椎体形成術(骨セメント注入術)

20年以上前の椎体圧迫骨折の治療は、保存的治療(コルセットと安静)しかありませんでした。ほとんどの圧迫骨折は保存的治療で治癒していたからです。しかし、近年多くの経験ある臨床医が指摘されているように、「最近、保存的治療で改善しない圧迫骨折が明らかに多い」のは事実のようです。原因は不明ですが、高齢化が原因の一つであることは間違いありません。高齢者の圧迫骨折は偽関節化しやすい(つまり、治癒しにくい)ことが関係しているものと思われます。しかし、保存的治療で改善しない圧迫骨折の治療は今でもあまり注目されておらず、この骨セメントの治療も保険適応になってようやく臨床医に認知されるようになってきた、という段階です。まだ、多くの患者さんが、「治療法はありません」と言われて、痛みと制限された生活を余儀なくされています。このような患者さんが生き生きとした表情と生活を取り戻された姿に接するのは、私たちにとって大きな喜びです。痛みの治療は医療の大きな役割です。

  • 1)どんな治療ですか?
    経皮的椎体形成術は、圧迫骨折による腰痛の治療法です。椎体(背骨)が潰れることによる痛み、すなわち圧迫骨折による痛みを除く効果があります。潰れた骨の中に針を刺して、この針先から医療用のセメントを注入することによって、骨の替わりになって背骨を安定化し、痛みを取り除くというものです。じっとしていると痛みはないが、動く時に痛みがひどい、長く坐っていると痛くなる、という腰痛には特に効果的です。骨セメントは,硬化剤(液体)とパウダー状の骨セメント粉末を混ぜ合わせ,ペースト状にして椎骨に刺した針から注射器を使って注入します。固まる前の液状の状態で注入する必要があります。
    治療: 潰れた背骨に針を刺し、医療用骨セメントを注入する

    治療は血管造影室で、うつ伏せの状態で行います。局所麻酔で約1時間以内で終わります。術後2時間の安静が必要ですが、手術当日の夕食は座って食べることができます。米国では日帰り手術ですが、当院では4泊5日程度の入院が必要です。

  • 2)

    どのような病気、状況が手術の対象になるのですか?

    圧迫骨折の原因としては骨粗鬆症が代表的ですが、それだけでなく、転移性骨腫瘍(癌)、多発性骨髄腫、悪性リンパ腫などの血液疾患、外傷性などがあります。どの原因であっても、この治療の対象になります。腰痛といっても、椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症、高度の変形性脊椎症はこの治療の対象とはなりません。圧迫骨折、特に骨粗鬆症性の圧迫骨折の治療は、コルセット、鎮痛薬、リハビリなどの保存的治療が中心です。これらの治療で、ほとんどの患者さんは数ヶ月の経過で痛みは徐々に改善するのですが、このような保存的治療では痛みの改善しないこともあり、その場合には根本的な治療法がなかったのです。リハビリを開始しようにも痛みがあっては困難で、痛みのために臥床したり寝たり起きたりの生活では、足腰の筋肉の萎縮も骨粗鬆症も進行してしまします。若い方の場合には回復可能なのですが、高齢者にとっては大きな問題で、寝たきりの原因にもなります。

    また外出できず家の中に引きこもりがちとなり、「このまま死ぬまで痛みをかかえていかなければならないのか」と精神的にも落ち込んでしまうケースも多く見られます。「年をとって骨がもろくなったのだからしようがない。治療法はない」と、医者も患者もあきらめていたのが現実でした。このような患者さんのすべてが、この治療で劇的に治癒する訳ではありませんが、保存的治療で痛みが改善しない圧迫骨折の患者さんのなかに、この治療が大きなメリットをもたらすグループがあることは確かです。どのような患者さんにメリットがあるか(治療適応といいます)は、MRIという画像診断を行うことによって判断することになります。

    当院で椎体形成術を受けられる患者さんには比較的典型的な病歴があります。それは、圧迫骨折の診断が遅れたために初期の保存的治療がうまくいかず、そのために偽関節という骨折非治癒の状態になり、いつまでも痛みが改善せずに骨セメントの治療を受けることになった、というものです。圧迫骨折の診断はされたものの、一人暮らしなどの社会的背景のために安静がうまくいかずに、腰痛が長引いている患者さんも多いようです。いずれも、じっと寝ていれば痛みはないのですが、ベッドから起き上がるとき、坐った状態から立ち上がるとき、長く坐った状態などで痛みが強いという方が多く、そのような不安定性のある腰痛には椎体形成術のメリットが大きいようです。

  • 3)

    椎体形成術の外国での状況は?

    椎体形成術は、1984年にフランスで始まり、主にヨーロッパを中心に発展した治療です。1990年代の後半にアメリカに渡り、骨粗鬆症の治療として爆発的に普及し、現在ではすでにメディケアという一般の高齢者向け保険でも支払いが認められた治療となっています。2012年には米国で11万人がこの治療を受けたと言われています。訴訟の多い米国において、毎年治療数が増え続けているという事実が、この治療の有効性とともに安全性を示していると考えることもできます。この他、ドイツでは5万人、韓国でも2万人以上がこの治療を受けたと推計されています(2012年のデータ)。

  • 4)

    久留米大学病院での治療実績は?

    ジュネーヴ大学病院で約30人の患者さん手術の経験をした医師が、当院で倫理委員会の承認を得て2002年6月よりこの治療を開始しました。現在までに私たちが椎体形成術で治療した患者さんは、700人を超えます。全国的にも多数の患者を治療している施設のひとつです。当院では、保存的治療で改善しなかった偽関節と言われる圧迫骨折(骨折した背骨の中に血液や水のたまった孔が空いた状態)を中心に治療を行っています。また、当院では二つの方向から同時にX線を出せる機械(バイプレーン血管撮影装置)を用いて二つの画像を同時に確認しながら、造影剤やセメントを注入しています。この方法は最も安全なセメント注入の方法です。

    当院での治療データでは、約90%の患者さんに治療効果があり、その半数では治療直後より劇的に痛みが改善します。多発性圧迫骨折よりは単発性、時間のたった旧い圧迫骨折よりは新しい圧迫骨折のほうが、治療効果が高いようです。変形性脊椎症が強い患者さんや、腰部脊椎管狭窄症のある患者さんは適応外ではありませんが、治療効果は小さいようです。術前にMRIの検査を行って、ある程度治療効果を予測することができます。どのような患者さんを治療するのか、という判断が重要です。

  • 5)

    椎体形成術の安全性に不安があります。合併症は?

    この治療法にも副作用、合併症があります。高度の骨粗鬆症の患者さんの場合には、治療した椎体に隣接した上下の椎体に新たな骨折が生じることがあります。当院での新しい骨折の頻度は、術後1年までに約20%程度です。この治療をしなくても、骨折した椎体の上下の椎体に新たな骨折が起きることも良く知られていることですが、治療した直後に骨折が起きることも多く、このような骨折は治療の合併症と考えるべきでしょう。椎体形成術で治療するのは骨折した椎体だけなので、骨粗鬆症の患者さんでは、次の骨折の予防のために、骨粗鬆症の薬物治療を行うのが何よりも重要なことなのです。

    また、骨の中には血管が網の目のように走っており、セメントがこの血管を通って骨の外の大きな静脈にでると、肺の血管や心臓に飛んで、肺梗塞という重篤な副作用を起こす可能性があります。このため、精度の高い血管造影装置を使ったX線透視下に、セメントを注入する前に造影剤を注入し静脈造影をし、骨とその周囲の血管の解剖を慎重に観察した後でなければ、セメントを注入することはできません。普通のX線の装置ではなく、高性能のX線透視の装置を用いて、血管造影の専門家である医師がこの治療を行うのはこのためです。しかし、トレーニングを受けた医師が慎重にこのような方法で手技を行ったとしても100%肺梗塞を予防できるとは限りません。米国のFDA(食品医薬品局)の公式サイトには、5万人に1人の椎体形成術での死亡例が報告されています。

  • 6)

    新規骨粗鬆症治療薬と椎体形成術の関係は?

    椎体形成術は骨折した椎体の治療であり、他の椎体や骨の治療をする訳ではありません。久留米大学での15年間の治療での最大の問題は、治療した後に他の椎体が新たに骨折することがある、ということでした。治療を受けた直後から劇的に痛みが改善し、涙を流して喜ばれていた患者さんのなかに、また痛みがでる方があることは、私たちにとってもとても辛い経験でした。このような状況の中での最近の進歩は、新規骨粗鬆症治療薬の開発です。これらの薬剤の効果は絶大で、椎体形成術後の問題であった新たな椎体骨折の頻度は明らかに減少しているようです。椎体形成術を希望されて受診された患者さんの中にも、MRIの結果次第で、骨セメントではなく新規骨粗鬆症剤の注射をお勧めして結果の良かった患者さんも少なくありません。骨折した骨の治療だけでなく、骨粗鬆症そのものを丁寧に治療していくことが何よりも大切なことです。

    圧迫骨折で痛みがありこの治療を希望される方は、まずこの治療を受けるメリットがあるかどうかを判断する必要があり、診察とMRI検査を受けていただきます。新患の受診日は、月曜日の午後になります。

問い合わせ先

放射線科客員教授 田中 法瑞 (たなか のりみつ)
0942-31-7576(放射線科医局直通)

久留米大学医学部放射線医学教室
〒830-0011 福岡県久留米市旭町67
 / TEL:0942-31-7576 / FAX:0942-32-9405

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